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「兄 かぞくのくに」 [電子書籍]


兄 かぞくのくに (小学館文庫)

兄 かぞくのくに (小学館文庫)

  • 作者: ヤンヨンヒ
  • 出版社/メーカー: 小学館
  • 発売日: 2013/09/06
  • メディア: Kindle版


人生に「もしも」はない。私たちの家族のひとりが「もしも・・・」と口にした時点で、きっと私たちの間で何かが壊れる。それが「何か」はわからないけれど、私たちの誰もが、この言葉を口にしたことがない。でも私は思ってしまう。もしも兄が帰国していなかったら?(本文より)~1960~80年代に日本から北朝鮮に10万人ちかくが移住した「帰国事業」。旗振り役だった総連幹部の一人娘として生まれたヤンヨンヒ監督。パラダイスを夢見て北朝鮮に渡っていった3人の実兄と日本に残った両親とヤン監督。国家や思想によって引き裂かれてしまった「かぞく」に突きつけられた厳しい現実をリアルに綴った感涙のドキュメンタリーノベル。昨年「映画芸術」2012年日本映画ベストテン第一位、第86回キネマ旬報日本映画ベストテン第一位、第55回ブルーリボン賞作品賞、第64回讀賣文学賞戯曲・シナリオ賞ほか各賞を総ナメした話題の映画「かぞくのくに」の監督が涙ながらに綴った原作本。

映画「かぞくのくに」を観たとき、
私はこの国と北朝鮮について何も知らな過ぎた。
もちろん知識としての北朝鮮の現在と、
帰国事業やとんでもない飢餓に見舞われた時代も、
知識としては知っていたし、
38度線の緊張状態というものも映画や映像の知識ではわかっていた。
しかし実際に家族を帰国事業で朝鮮に渡航させ、
そのあとも生活の苦しさから、
日本からの仕送りが欠かせなかったことや、
そもそもどういう人が帰国したのかを詳しく知らなかった。
映画で描かれた兄の存在が、
家族にとってどういうものなのかもわからなかったし、
ただひたすらに国家に従順に生きること、
「思考停止」に自分を追い込むこと、
その恐ろしさというものを目の当たりにした気持ちになっていた。

この本を読むことで、
ヤン家が朝鮮総連の中でどういう立場で、
どういう形で帰国事業にかかわり、
なぜ最後の息子まで指名されて帰国したのか、
詳細がわかるにつれて、
かの国の国家としての理不尽さや、
その国に忠誠を誓うことによる恩恵と損害、
その果てに息子たちがどうなったのか、
思ってもいなかった現実を知って、
ただただ呆然として、
「人の権利とはなんなのか?」と思わざるを得なかった。
「理不尽」という言葉はこの国の体制のためにあるのか。
そんな風にも思ったが、
社会主義国ではそういうことが当たり前なのだろうし、
指導者を盲目的に崇拝することは、
ある意味宗教にも似て心のよすがなのだろう。
日本を知っているからこそ、
その体制の奇妙さに気づいてはいるが、
その思いを徹底的に隠さなければ、
帰国者はまともに生きていくこともできず、
社会主義で信じられないことだが、
徹底した階層によって生きる道が決められた国民は、
理不尽によって制圧されることに慣れてしまっている。
それが当然として受け入れなければ、
徹底した再教育が待っているだけ。
或いは命すら危ない。

これを読んでしまうと、
小説である「朝鮮大学校」が生ぬるく思えてくる。
小説よりも現実の方がよほど奇妙で、
よほど生きるのがつらくて厳しい。

しかしなぜ親子はそんな思いをしてまで、
朝鮮のイデオロギーに忠誠を誓ったのか。
それは「スープとイデオロギー」を観た今だから理解できるし、
逆にオモニが一生懸命仕送りをした結果、
今はどうなっているのかということもわかっている。
いや、わかっているからこそ、
この本の内容の残酷さが際立った。

順番としては逆だったのだが、
先に「スープとイデオロギー」を観たからこそ、
なぜ済州島に産まれながら朝鮮籍を選んだのか。
帰国事業に息子3人全員を朝鮮に送ったのか。
朝鮮の生活がどれほど厳しいものなのか。
爪に火を点すようにして朝鮮に仕送りを続ける母。
兄3人が朝鮮に行ってしまったからこそ、
彼らに会うたびに言われる「ヨンヒは自由に生きろ」という言葉に重さ、
その言葉を受け止めて自分の生きる道を模索した筆者。
それが嫌というほど、
とてもつらいと思えるほどに心にしみる。

日本人は今も韓国籍、朝鮮籍の人間をバカにする。
(もちろん一部の人間だが)
こと朝鮮に関しては、
その特殊な社会体制政治体制も含めて、
笑いものにすることを楽しんでさえいる。
しかし実際の帰国事業で朝鮮にわたり、
現実に帰国した人間がどのように生きているのか、
どのように国家から扱われているのか、
そんな事実を知らずにただ蔑んでいるだけだ。
かつて日本が併合していたからというだけの理由で。

ひどい矛盾だらけの国。
外から見ればそのほころびは明らかに見える。
だけどその国はその国として成立しているし、
中に飛び込めばもっと奇妙なことが見えてくる。
ヤン・ヨンヒ監督は今北朝鮮から入国禁止となっている。
父親と兄の墓参りもできない状態である。


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