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「ネット右翼になった父」 [電子書籍]


ネット右翼になった父 (講談社現代新書)

ネット右翼になった父 (講談社現代新書)

  • 作者: 鈴木大介
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2023/01/18
  • メディア: Kindle版


<本書の内容>
社会的弱者に自己責任論をかざし、
嫌韓嫌中ワードを使うようになった父。
息子は言葉を失い、心を閉ざしてしまう。
父はいつから、なぜ、ネット右翼になってしまったのか? 
父は本当にネット右翼だったのか?
そもそもネトウヨの定義とは何か? 保守とは何か?
対話の回復を拒んだまま、
末期がんの父を看取ってしまった息子は、苦悩し、煩悶する。
父と家族の間にできた分断は不可避だったのか? 
解消は不可能なのか?
コミュニケーション不全に陥った親子に贈る、
失望と落胆、のち愛と希望の家族論!

結論から言ってしまう。
本書の内容は、
「いかにして僕は父がネット右翼になったと思い込んだか」ということだ。
機能不全の家庭において、
不器用な父親と不器用な息子が、
父の死を前にしてお互いに言葉を飲み込んだが故、
或いは今どきの言葉を使ってみたが故、
お互いが歩み寄ることもできず、
残念な状況となったことを思い返し、
息子が父親の生きてきた足跡とともに、
本当の父親がどんな人だったかの証言を集め、
その父親がなぜヘイトまがいの言葉を吐いたり、
ネット右翼と呼ばれる人たちの読むような雑誌を読み、
息子なら絶対に見たくないYouTubeの映像を流し続けたのか。
それをつぶさに検証して自分の思い込み、
ある意味バイアスがかかった思考に気づく話である。

そういう意味ではネトウヨについて論じてもいないし、
ついでに言えば、
ある意味父親の死後に気づいた、
息子の悔恨の物語である。
これは私にも覚えがあるが、
親が死んだ後になって、
「あの時ああしていれば」という思いは誰しも抱くと思う。
「やり切ったから満足」とはなかなか思えない。
若いころに看取ったとしても、
大往生を看取ったとしても、
それぞれに心残りはあるし、
また近い関係だったからこそ分かり合えず、
なぜもっとわかってあげられなかったのかと考えることもある。
ただ昔からの苦手意識が障壁となり、
世間で「ネトウヨ」から好まれる雑誌を父の生活に見つけたり、
差別用語や差別的な発言をする父親に、
「ネトウヨ」のレッテルを張ってしまったがゆえに、
父親の命が残り少ないとわかっていながらも、
父親に寄り添うことができなかった息子。
遺された息子がその距離と溝を埋める作業。
それは苦しくとてもつらい。
認知行動療法と同じだ。
互いにバイアスがかかった思考で接しあい、
互いにバイアスがかかった思い込みで互いを判断する。
そのバイアスを認知して修正する苦しさは、
認知行動療法をやった私には痛いほどわかる。
ただそれでも私は死んだ母親について、
向き合うことができないままだ。
客観的に母親の偉大さも、
病気にさいなまれた精神状態の不安定さを今なら多少理解するが、
それを未成年だった自分にぶつけてきた母親を、
今も理解できるとは思えないし、
理解しようとも思っていないから。

筆者が「アシタノカレッジ」「ゴールデンラジオ」にゲスト出演し、
その時の話を聴いていて、
余りにも意気消沈しているのが気になって読んでみたが、
なるほどそりゃ意気消沈もするだろう。
息子として悔恨の情がありありと描かれている。

その痛々しさがしみる後半ではあるが、
自分自身日に日に保守化して、
先祖に回帰していくような価値観を口にする父親、
この人にはほとほと閉口しているので、
もしかしたら自分もよく考えればそういうことなのかもという危惧も抱く。

こうした身内の心のうちを探る作業はつらい。
いろいろと異論もあろうが、
こうした作業を必死にやろうとしたその姿勢、
それが何よりも自分にはないものなので心に響いた。


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